Bon Voyage!

昨日は奈良県下の多くの公立高校で入学式が行われました。(って、もう一昨日か・・・)
我が家の長男も無事に入学式を迎えることができました。

ふるゆら.は学びを共にする門下生で、同じく中学生の子を持つ方から

「子どもにも、この学びを伝えたい。勉強と言う形で何かを伝えることはできないか?」

そんな、ありがたいお申し出をいただいたのが数年前。
そんな訳で中学生向けの塾という形で夜間は活動しています。
(塾というより寺子屋のような小さなものですが)
長男は、その二期生の一人でもあります。

塾とはいっても、隣で座っているだけだったような気がしないでもないのですが・・・(汗)
4名いた二期生のうち公立中学で受験を経験したのは二人。
もう一人からも無事入学の報告をいただきました。
これで高校に無事に送り届けることができたとほっとしています。

彼らの“受験”は実は昨年の秋に終わっていました。
それは、「自分で自分の道を決めた」のが昨年の秋だったからです。
彼らにも再三それは伝えてきました。
以下、読むかどうかは知らないけれど、みんなに向けたメッセージです。

 

受験とは何だろう。
偏差値が高い方が良い学校だと信じて、ただ上を目指す。
それも悪くはありません。
でも、それではせっかくのチャンスを無駄にするだけだと思うのです。

選ばなければいけない場面がこれからの人生で次々にやってきます。
いい学校に。
いい会社に・・・・
それは手段であって目的ではないのです。
例えば
「どんな人になりたいか」
その問いに対する答えは職業や肩書きなんかじゃありません。

君たち自身が自分の人生を使って、自分をどんな人間にしていきたいのか?
それが「どんな人になりたいか?」という問いに対する答えです。

職業や、肩書き、もっといえば合格したという成果でさえ、その目的の前では手段でしかない。
意味のないものなのです。

でも、君たちは昨年の秋に自分で進路を決めました。
受験した人。
エスカレーター式に高校に進学した人。
そんなのは関係ありません。
おそらく、人生ではじめて
自分で自分の道を決めたのです。

大事なのは、その選択の指針さえ自分で見つけ、自分で決めたということです。

もうこれだけで、15の春に経験するべき大事業は成し得たといっていいのです。

この先苦しいこともあるでしょう。
思い通りに進まないこともあるでしょう。
こんなはずじゃなかったと思う日も必ず来ます。
いつの日か、つまらない理由で選んでしまったかもしれないと恥ずかしく思うかもしれません。
もしかしたら、実力からすれば分不相応な目標を君たちは導き出したかもしれません。

でも、思い出してください。
夏休みからほぼ毎日、自分たちで希望して、日曜までふるゆらに通って机に向かってきたこと。
朝から晩まで毎日毎日一緒に頑張ってきたこと。
世間では「受験勉強」と呼ばれるものです。

いよいよ明日が本番と言うその日、
君たちはこぼれるような笑顔で
「楽しかったです」と振り返ってくれました。

その「楽しみ」は
単に成績や順位が上がるといったものではなかったはず。

その「楽しみ」は
わからないことがわかるようになる。
自分には「できない」ことがわかったこと。
そして、それを「できるようにする」こともできるんだということ。

そこに気がつけたから「楽しかった」んだと思います。

だから、「わからないこと、「できない」ことは
全部わくわくするような面白いことにすることができる。

苦手だからこそ楽しかったんだということを覚えておいてください。

その「楽しみ」こそが道を「切り拓く」ということです。
もはや結果なんておまけみたいなもので
できないぶんだけ楽しみがある。
そのワクワク感こそが道を切り拓けた証です。

1期生の先輩たちも見事それをやりきりました。

そしてまた君たちも
苦しみを喜びに変えるという経験を得ることができました。
いえ、苦しみこそが実は喜びに至る道なのだと君たちは学んだのです。
方程式よりも、文法よりも、順位や偏差値よりも
知ってほしかったことはこのことです。

自分で道を決めたから、結果ではなく過程そのものに喜びを得ることができたのです。
自分で道を決めたから、未熟な自分が楽しみに繋がるということを経験できたのです。

どうか忘れないでください。

君たちは、この先やってくる迷いも、苦しみも、すべて喜びに転じることができるはず。
自分の未熟さや駄目さ加減を知ることもあるでしょう。
普通はそれを挫折と呼んで、避けて通りたいと思いがちなことです。
でも、君たちはそれを楽しみに変えることができた!
だから、恐れずにたくさんのことを経験して下さい。

どうしてそんなことができたのでしょう。
その理由はたったひとつ。

君たちは自分で決めることができたからです。

だから、昨年の秋に受験は終わっていたのです。
あえて何のアドバイスも、誘導もしなかったけれど、
君たちは自分で自分の価値観を構築し、選択の指針を見つけだしました。
そして、自分ひとりで選ぶことができました。

その成果は100%君たちのものです。

夏休みからこの春まで、来る日も来る日も、それこそ大晦日まで、
ふるゆらの机に向かっていた、その一日一日こそが、君たちの選択だったのです。

小さな選択の積み重ねが、大きな選択を成し遂げたのです。
僕は本当にうれしく、また君たちを誇りに思っています。
(たまーに、「え!明日も来るの!」ってこともあったけどw)

選択には責任が伴います。
責任と言っても怖がることはありません。
責任は、「苦しみも喜びも、自分でそのすべてを享受できる」という特典みたいなもんです。

苦しみをワクワクする気持ちで向き合うことができるようになれば、
この先の人生は、光り輝く希望しかありません。

おめでとう。
そして、ありがとう。
怪我や無茶には気をつけて(スキーとかw)、自分を大切にしながらたくさんの経験を重ねて下さい。
そして、流されることなく、次は人生の目標を、ぼんやりとでも定めてみて下さい。

「どんな人になりたいのか」

この先の航海が素晴らしいものであることを祈っています。
この船出には君たちの美しい努力はもちろん、たくさんの支えがあったはずです。
両親や、家族、そして、健康であり続けられたこと・・・たくさんあるはず。
そのすべてに感謝を。

これから来る日常、誇りと喜びを持って、日々今を生きて下さい。

そして、ふるゆらは君たちの母港です
母港とはいつでも君たちが望むときに立ち寄ることができる港です。
いつでも待っています。

またあなたに会えるのを
楽しみに待って
さようなら!

そして自分のことを少し。
ほいほい入学式に着いていったお陰で大変な目にもあいました。
親としてもこの先3年間は大変な苦労が待っているような予感が・・・。
いやいや、私も同じですよね・・・。
これもまた「選択」。
苦労を喜びに!
ええ、ええ、わかってまっせ。
全てありがたく頂戴したいと思います。

息子よ。
一緒にがんばろうぜ!

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